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ボリビア・ラパス 肝炎発病 [旅の思い出・中南米編]

ボリビアの首都ラパスに到着。

実はボリビアのコパカバーナにいた時から、微熱があり、のどが腫れ、体がかったるく、これは風邪だなあと思って風邪薬を買って飲んでいました。でも一向に良くならないのでこれはさっさと首都のラパスに出て医者でも行ったほうがいいと思い、チチカカ湖の観光スポットのウロス島を省き、ラパスに急ぎました。地元の仲良くなったおじいさんから「君はアミーゴだから舟でウロス島にただで連れて行ってあげるよ」と言われていたのも振り切り・・・。(残念だったけれど具合悪いので仕方ありません) 

でも急いで正解でした。だって肝炎に罹っていたのですから。

こういう心細い時に限っては、日本人がたくさんいるような宿にお世話になることが常の私ですが、この時も、日本人で既にこの時5年間も世界旅行してるという日本人の夫婦の方が借りてるアパートに、シェアという形で一部屋借りることにしました。ここには他に日本人旅行者が4、5人いて、キッチン、バス、トイレを共同で使い、たくさんの部屋があるアパートで(外国にはこういうアパートをシェアして住むことが一般です)キッチンを交代で使って食事もみんなで食べていたので、私としてはわざわざ食事に外に出ずに済んですごく助かりました。私が具合悪いのを見て(しかも黄疸が出て黄色くなってました)すぐに肝炎だと診断してくれ、「心配なら医者に行ってもいいけど、寝てれば肝炎は治るから」と教えてもらいました。また実際に旅行中肝炎にかかってつい最近治ったばかりという旅行者もいて、「そのときわざわざ日本から肝炎の本を取り寄せたんだけど、既に読んでしまったのでどうぞ」と肝炎の本まで頂きました

「ラパスの病院は、公立の病院は安いけれど人が多くてすごく時間がかかるけど、私立でドイツ人が建てた病院ならすぐやってくれるよ、高いけど・・・」ということで、すぐにそのドイツ人が建てたと言う病院に行きました。診断してすぐに入院。高級住宅街にあり、いい個室でテレビも冷蔵庫もあってかなり快適でした。

でも1週間も入院せずにすぐに退院となり、「卵と牛乳は取らないように」と言われました。そして「普通の生活をしてもいい」とも。しかしながら、宿に戻ると日本人旅行者たちの中には肝炎経験者もいるし、肝炎の知識もたくさんある人たちばかりで、「黄疸が出て出きってから最低1ヶ月は寝てないとダメ。ほとんどの旅行者は昔、そういう知識がなかったので黄疸が治ってしまうとすぐに動いて亡くなった人がたくさんいる。私はそういう旅行者をたくさん見てきたから。とにかく寝ないと。黄疸治っても肝臓はまだ治ってないから」と言われました。「トイレに行くのも遠慮するくらいとにかく寝てないと」とも。中南米では肝炎に罹る人が多く、肝炎も普通の風邪くらいの軽い病気としか考えていないところがあるため、現地の病院で言われた以上に注意しないといけませんでした。

日本人旅行者からもらった当時の最新の日本の医学の肝炎の常識では「高たんぱく、高ミネラル、高ビタミンの生活を心がけ、何でも食べるように。特に卵と牛乳は取るように」と書いてあったのですが、当時のボリビアと日本の医学常識は正反対のことを言っていたのが驚きです。はっきりボリビアの医者からは「卵と牛乳は取らないように」と言われてるのに。今はどうなってるのでしょうか。もちろん私は日本の常識に従い何でも食べました。卵や牛乳抜きでは、高たんぱく、高ミネラル、高ビタミンを取るのは結構大変だったので。

その後も一ヶ月このアパートで寝ていて、そろそろいいかなあと思える頃、ラパスからチリのサンチャゴに飛びました。ラパスは標高が高いので、空気が薄く病気の治りが遅いと考えられるため、あまり標高の高いところには長居しないほうがいいとの判断でした。

だから楽しみにしてたボリビアの地方都市には行っていません。ボリビアはコパカバーナと首都ラパスのみ。トホホ・・・です。

でも自分が危機的状況に遭ったとき、それをサポートする情報をたくさん持ってる人たちに出会うのは本当にラッキーだと思ってます。

ここのアパートにいる間は、毎日いろんな人が出入りしていて、結構楽しかったです。私は寝ていないといけないので部屋でひたすら寝てたのですが、居間に来る客の話も良く聞こえる部屋だったので、自分の部屋にいながらにいろんな話や音楽を楽しんでました。ラパスで宿を開いてる日本人が来たり、地元のフォルクローレを演奏するボリビアの男の子たちが来て演奏して行ったり、ラパスのオーケストラでプロのフルート奏者の人や、ラパスでギターを習う日本人が毎日ボサノバを弾いてたり、チャランゴを地元で習ってる日本人女性が演奏していったり・・・・。

70歳代のおばあちゃんが一人で世界旅行していてこのアパートに来たこともありました。彼女はアフリカでこの5年世界旅行してるここの日本人夫婦と以前に一緒に旅行していたのだそうです。そして不思議ですが、それから1~2年してからインドを回っていた時、その夫婦の話題とそのおばあちゃんの話題を耳にしました。その人たちとネパールで会った、という話です。世界は意外と狭いかもしれません。

私がそろそろ起き上がっていざ歩こうとした時、一ヶ月も寝ていたので歩けずよろよろだったのですが、このおばあちゃんに助けてもらいながら外出しました。寝ていると本当に歩けなくなります。びっくりですが本当です。

 こちらは↓アパートの近くにあった市場。

こちらはアパートの自分の部屋から見た眺め↓。この日前後は水かけ祭りで、部屋の窓から人々が一斉に下にいる人たち目がけて水をかけます。(というよりバケツをひっくり返します)皆びちょびちょになります。タイでの水かけ祭りは暑いのですぐに乾いてしまってOKですが、ここの水かけはそんなに暑くないので大変です。

 ボリビアの思い出といえば、残念ながらこの肝炎になったことが一番に思い出されます。1ヶ月もボリビアにいても寝ていなければならず、あちこち行けなかったのがすごく残念です。

ボリビア ラパス

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今週は、浦安ブライトンホテルで行われた「サンプル百貨店」のRSPに参加して試供品(現品含む)をたくさんもらってきました。こちら↓です。使ってみるのが楽しみ~
 
 
 


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ボリビア・コパカバーナ マリア様が現れた聖地 [旅の思い出・中南米編]

旅行記はペルーからボリビアへと来ました。

チチカカ湖に面したコパカバーナは3800Mあり16世紀にマリア様が現れた聖地で、ここはそのマリア様が降りたったということで教会が建てられ、今も中南米の有名な巡礼地です。

お金を貯めてやってきた巡礼の人々の車がこれ↓。マリア様に祝福を受けます。

 巡礼客を見込んで教会の周りには出店も出ます↓。

色鮮やかなお飾り↓。このカラフルさがたまらない

巡礼に来た家族↓。おばちゃんたちの衣装がかわいいです。おしゃれです。

こちらがそのマリア様が降り立った教会↓。

おごそかな雰囲気が漂ってます↓。

ここのステンドグラスは泊まった宿にあったステンドグラス↓。素敵です。

近くのチチカカ湖。散歩する親子の背負う布↓に惹かれる私です。

コロンビアのイピアレス近郊のラス・ラハスにもマリア様が降り立った教会があり、こちらもすごく素敵でした。(関連記事はこちら)聖地はどこも他の場所とは気が全く違っていて、行った巡礼者を癒してくれます。聖地は人間で言えば鍼灸で使うツボ(経絡)にあたる場所で、やはりこういったいい気の場所に行くことは人間にとってすごく大切なことだと思います。時間とお金と状況が許せば、世界中のこういった巡礼地にまた出向いていきたいです。

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ペルーの市場とタペストリー、セビーチェなどもろもろ [旅の思い出・中南米編]

阪神大震災から今日で13年経つというのですから、本当に月日の流れるのが本当に早いなあと思います。私は13年前の今日、タイのバンコクにいました。何度も行ってるタイだし世界旅行中だったので(アメリカに飛び、中南米、ヨーロッパ、アジアと東回りで回ってました。旅も93年9月に始まり95年1月になっていました。帰国は95年9月でした)タイのガイドブックは全然持っていませんでした。バンコクで韓国の友人と待ち合わせをしていて、タイの北のほうへ一緒に旅行する予定だったので、タイのガイドブックがある日本人がたむろしてる安宿に、たまたま出かけました。そしたらCNNを皆が釘付けになって見ていて「これ、日本だよ。神戸が大変なことになってるよ」と言って大騒ぎしていたのでした。今でも歪んだ高速道路が目に焼きついています。

たくさんの方のご冥福をお祈りします。


ペルーの旅行記続きです。

こちらはペルーのどこかの市場↓。オリャイタイタンボで会ったマヤやダビたちと一緒に行ったのは覚えてますが、一体どこだったか。日記でも見ないと思い出せません。「日記見てちゃんとブログアップしろ」って話ですが、その日記一体どこに行ったのか。探すのがまた一苦労。誰かこの市場の名前がわかる人、教えてください。

こちらはマチュピチュ、アグアスカリエンテスの宿にあったタペストリー↓。タペストリー好きなんですよね。発見するとココロ浮き立ちます

ペルーはクスコとその近郊の遺跡がいろいろあって、面白かったです。

既にペルーを抜けて南下してボリビアに入ってから、ペルーの北の町カハマルカがいい町だと後から聞いたので、次回ペルーに行くときには是非行きたいです。

また後で肝炎を引き起こし、ボリビアの病院で入院、チリで療養の憂き目も遭いましたが、その原因がペルーのセビーチェ(魚貝のマリネ)でした。これがおいしくて、毎日よく食べてました。ちゃんとした店でも食べましたが、メルカード(市場)で売ってるおばちゃんたちが作ってるバケツに入ったセビーチェがまた格別なのです。でも肝炎になっても仕方ないので、これから食べられる方はちゃんとした店で食べたほうが無難です。中南米では肝炎は普通の病気で(風邪に罹るくらいの感じです)、肝炎に罹ったと言っても大して驚かれませんが、かったるくなって全身黄色になって(目の白いところまで黄色になる)そのだるさが抜けた後、最低1ヶ月間は安静にしてないと命を落とします。ひたすら寝てることが肝要です。ペルーにいたときにはまだ発症してなかったので、本当の恐怖はボリビアに入ってから味わうことになりました。

またペルーの食事は本当においしかった。たぶん南米一おいしい。旅行者の誰もが言ってたことなので、間違いありません。日本人の舌にも良く合います。隣のエクアドルやボリビアがお世辞にもおいしいとは言えなかったので、余計ペルーのおいしさが際立ちます。

私はペルーのクスコに戻って、バスでプーノ経由でボリビアに入りました。続く・・・。


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ペルー・マチュピチュ [旅の思い出・中南米編]

ペルー旅行のハイライトでもあるマチュピチュ↓。ブログの記事もやっとここにたどり着きました。

ここがメインと言ってもいいくらいのスポット。幸いなことに、普通の人よりは世界のあちこちの観光地により多く行ってると思いますが、ここのマチュピチュが私の中ではナンバー1に入るくらいに好きな場所です。

ガスってましたがそれがまた幻想的で良かったです。

マチュピチュ、というとよく観光で使われてる写真がこの角度から撮った写真↓。

この空中都市、本当に素敵です。いくら見ていても飽きません。

マチュピチュに入るときには入場料を支払うのですが、「おまえはペルー人か、日本人か」と聞かれました。ペルー人なら安く、日本人なら外国人料金で別料金だからです。NYのエンパイヤ・ステイト・ビルディングでもNY市民と区別され、また中国ではどこ行っても人民、同胞(華僑)、外国人料金があり、インドでもタージマハールとデリーの動物園がインド人と外国人を区別してました(今やカジュラホの遺跡もそうだとくろたさんのブログに(記事はこちら)載ってました。それも10年間で500倍もの値上げ。今はもっといろんなところでこんなことが起きてるのかもしれません)日本人ってちょっとそこの言葉を話せればどこ行っても微妙なんです。スペイン語に無理がなければペルーでは日系人になりすませられるし、NYだって人種のるつぼなのでNY市民と自分で言ってしまえばそれでOKだし、インドでもシッキム地方の人やチベタンを装ってればインド在住でOKになります。

マチュピチュに行ったころはスペイン語も何となく理解するようになってましたが、まだまだ自由自在に操れるところまで行ってなかったので、余計なこと聞かれても応答に困るし、正直に日本人の外国人料金で入ってきました。ダビたちと一緒だったらペルー人でもOKだったろうなあと思います。インドでチベタンと一緒に回った時にはチベタンで通ったし、中国では香港の人と一緒で同胞人料金でOKだったし、特に中国は一人の時もこちらが何も言わないのに勝手に中国人料金だけを取ってお金を戻してくれたことを思い出しました。NYでもシンガポールでもタイでも現地の人に道を聞かれてしまうくらいなので、私は余程現地に溶け込んでしまってるんだろうなあと思います。特技の一つです(笑

naonaoの特技:現地にすぐ溶け込み、現地人と化すこと

まあ最も現地にふさわしい格好をしてるから、というのもありますけど・・・

マチュピチュまでは列車+バスで、くねくねした道を昇ってきました。川に沿って昔のインカ道↓も見えます。

私も実際この空中都市の中を歩きます↓。人がアリンコの小ささです。

こういうところ見ると↓すぐに昇りたくなる私です。

ここでも癒し系のリャマ君のお出まし↓。

この道路↓の蛇行を見てください。マチュピチュの裏にあるワイナピチュにも昇っての風景↓です。ワイナピチュに昇るには自分の名前をちゃんとノートに記載して、その日の内に戻ってこなければいけません。朝が極端に早かったり夕方遅くなるとワイナピチュには昇ることができません。確か小1時間くらい昇って戻ってくるのにかかりました。こんな道↓をバスは通って来たのです。

結構な岩山↓に昇るので、ワイナピチュは少なくともスニーカーでないと昇れません。空気も澄んでいて気持ちよかった。マチュピチュに行ったらワイナピチュにも行くことを強くお勧めします。

ワイナピチュからマチュピチュ↓に戻ってちょっとホッとしました。

ワイナピチュからの帰り道に、ケチュア語、スペイン語、日本語を話す地元のガイドさんに会いました。普段日本人の団体のガイドとして働いているそうで、「日本語はケチュア語とすごく良く似てる」と話してくれました。雨が降るというのがケチュア語で「パラパラ」ということや、他にもいろんな例をあげてもらったのですが、残念ながら他の例はすっかり忘れてしまいました。でも日本語とすごく共通してるんだなあとその時は思いました。

また中国の雲南省、石林(シーリン)に行ったときも地元の白族(パイ族)のガイドさんに声を掛けられ、「日本語と白族の言葉がすごくよく似てるんですよ」と言われたことがありました。私自身かじりかけたことのあるチベット語も1,2,3・・・などの数字の数え方が同じ、尊敬語、謙譲語があることなど日本語とチベット語は似ています。

中国の雲南やチベット、そしてここペルーにしても、雰囲気が良くて妙に落ち着け、いいところです。そして私にとっては特別な場所です。きっと同じモンゴロイドというキーワードで繋がっているから惹かれるんだろうなあと思います。またいつか訪れたいなあ

マチュピチュ


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ペルー・オリャイタイタンボ その2 [旅の思い出・中南米編]

旅行記。ペルー・オリャイタイタンボ、その2です。

オリャイタイタンボの村から山に入って、ダビの知り合いの家に、ダビ、マヤ、ダビの友だちと私で馬に乗って出かけました。

その知り合いのお宅↓。

家の中ではダビの家と同じで、クォッカ↓を飼っていました。晴れの日のご馳走です。この家ではご馳走になってませんが、私が頂いたダビの家のクォッカ(ねずみ)は半身にして焼き、その半身がそのまま皿にのりました。塩がふってあって鶏肉みたいな味でした。かなりグロかったのであまり味わってはいられずおいしさは感じませんでした。でも残したら悪いので全部何とか食べました。(たいちさん、toshiさん、答えになりましたか?)

こちらは、キリスト教の祭り↓で、山にある教会と村にある教会のマリア様とイエス様が一年に一度村を練り歩き、人々に顔見せするという祭りでした。村の人々がマリア様やイエス様を載せた神輿をそれぞれ持ち出します。

ここでマリア様とイエス様がご対面↓です。

一緒になって↓また練り歩きます。

実はこの真ん中にいてジージャンを着て神輿を担いでいる男の子が、ダビ↓。

お世話になりました。ポールニューマン似↓のハンサムな素敵な男の子でした。

祭りの一環です↓。何か説明を聞いたはずですが、すっかり忘れてます

こちらは闘牛↓。南米中が闘牛やってます。

私はこの日、暑いのでいつも飲みもしないコカコーラを2本くらい飲みながら闘牛を見てたのですが、すっかり胃がおかしくなってしまいました。するとダビはどこかからカモミール(小菊)を取って来て煎じて飲ませてくれました。すぐにすっかり調子良くなりました。現地の人たちはこういった野草の効能をちゃんと知っていて活用してるのですごいと思いました。

こちらはダビの妹↓。さとうきび畑にて。さとうきびは甘くておいしかった。インドや中国でもよく道端で売ってますが、こちらのさとうきびのほうが獲りたてをご馳走になったためか、よりジューシーでおいしかったです。

このダビ一家(お母さん、お父さん、ダビ、ダビの妹二人)には本当にお世話になり、オリャイタイタンボにいる間はよくご馳走になりました。たくさん写真も撮りましたが、かなりプライベートな写真になるので、公開する写真はこれくらいで・・・。もう15年近くなるので、訪ねて行ったらおもしろいだろうなあと思います。またいつか行けたらいいなあ


so-netのトラックバックキャンペーンに参加します。

「いま欲しいものは何?」

それはペルーへの往復チケットです。ペルーの記事を書いていて、ペルーに無性に行きたくなりました。15年も経ったらダビ一家も皆変わってるだろうなあ。大晦日のフォルクローレのダンスやボーリング大会の祭り、キリスト教のお神輿のお披露目、闘牛など15年前と同じことをまた体験したいです。クォッカ(ねずみ)だけはごめんですけど。


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