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インドの下痢 [旅の思い出・インド編]

インド旅行で必ずついてまわるのは下痢のこと。インドでは下痢気味で旅行するのは当たり前です。何故って、暑い晴れし、食欲落ちたところに毎日カレーのスパイスで胃がやられるから。もちろん中華料理もあるけどそれは大都市夜の街に限ったこと。当然カレーを食べる日が毎日続き、暑い晴れから冷たいものワインをごくごく飲む。すると胃がもっと弱くなる。それでお腹はピーピークラッカー、ピーヒョロロクラッカーになるって訳。

現地の熱々のチャイコーヒー(ゲキ甘の紅茶)を飲めば胃にはやさしく食欲を落とすことがないのですが、それを知らずに冷たい、ペプシワインとかコークワイン、リムカワイン(一説にはガン発生物質が入ってるとの噂。でもこれがおいしかった合格)を飲み、やられてる旅人は多かったのです。それとさとうきびジュース。地面の上に積まれてるさとうきびを専用の機械で手回しで絞ってもらいこれが1ルピー(3円¥くらい)で、すごくおいしかった合格。でも雨季雨などで雨が降り、地面がびしゃびしゃになると地面の上にあるさとうきびにその汚い泥とか聖なる牛おうし座の排泄物とかそこらへんのごみとか、味噌も糞も一緒くたになって、そのままのさとうきびジュースを晴れた日に飲んでお腹を壊すというのが条理です

でもさとうきびジュースはおいしい合格ので止められないのです。きっと下痢になる、さとうきびジュースは危ないとわかっても、また飲みたくなる。これがさとうきびジュースマジックキラキラ。皆この誘惑に負けて飲み、何度も下痢を繰り返してます。でも運が良ければ下痢にならない。ジュース屋が洗ってるか(ほとんどありえない)、よほどお腹が強いのどちらかです。

写真はそのさとうきびジュース屋さんと雨上がりのカルカッタ。道端での露天。普通に見られる光景です。

インド・カルカッタ インド・カルカッタ

            物売り

女性は結構体力あって下痢もなんのその、元気ですが、男性は平気で下痢を繰り返し10キロくらい体重を落とす人がいます。そういう意味で女性はタフチョキ。私も3回目くらいのインド旅行からチベット文化圏を中心に回っていたこともあり、旅行中かえって太ってべーっだ!帰国してました。

インドのトイレは水汗で流すのが一般的です。だからとても清潔。トイレに入れば必ず水道がしゃがんだ前のところについていて、大きな缶詰の缶があり、それに水汗を入れて手でお尻の処理をするようになっています。場所によってはトイレットペーパーが流れず詰まらせてしまうので、注意が必要。今でこそ日本ではウォシュレットのトイレがあり、お尻を水汗で洗うことの快感がわかると思うのですが、環境にも優しい水汗で流すトイレ文化は素晴らしい宝石赤です。

ちなみに脱線ですが、中国が世界で一番トイレが汚い。これはまた後日記事にします。また中南米や韓国は水洗トイレですが、トイレの中にトイレットペーパーと流すと詰まってしまうので、必ずトイレのかごに使った汚いトイレットペーパーを捨てないとダメでした。中南米からアメリカやヨーロッパに行ったとき習慣で、しばらく使ったトイレットペーパーを入れるかごを探してしまい、「ああここは普通に流せるんだ台風」と思うことが何度もありました。イスラム圏はインドと同じく水汗で流すので清潔。チベット文化圏は二階のトイレから一階の深~いところに用を足すようになってたり、用を足したあとは砂をかけるようになってるところもありました。私は経験ないのですが、砂漠地帯に行くと砂でお尻の処理をするところもあり、それはそれで清潔だとの話を旅行者から聞いたこともあります。場所が変わればトイレ事情もいろいろです。

話をインドの下痢に戻します。インドでは下痢と高熱に悩まされガーン一度医者に見てもらいました。アグラで熱を出し下痢が止まらなくなり、宿に医者を呼んでもらいました。普通の下痢だけなら医者にも世話にならないのですが、高熱ガーンが出たのでこれはいよいよ危ないかも、と思いました。インド人の医者は胸に聴診器を当てず、お腹に聴診器を当てて診察したのにはびっくり目でしたが、インドではこれが普通の診察でした。女性の胸には決して聴診器を当てることはありません。これはネパールでも一緒でした。診察後、薬をもらい、その薬を飲んだらピタリと下痢もストップ。熱も下がりましたニコニコ。薬1粒で治ったのだからすごい!!。私は薬が嫌いなのでもうそれ以上は飲まず、また同じ症状のとき飲もうと薬は大切に持ち歩き、日本人医師に会った時薬を見せたら、「こんな薬はもう日本では使われてないですよ。劇薬ドクロです。即刻捨てなさい。本当危ない」と注意されました。しかし、現地の下痢は現地の薬しか効かないという話やらインドの薬は日本よりもある面進んでいると薬剤師の方からも聞いていたので、旅行中はその劇薬ドクロを持ち歩き、無事また下痢になることもなく、旅が終わって捨てました。

日本で便秘気味の人はインドに行くと調子がいいようです。「日本では便秘がひどく困ってた」と言ってた女の子に会いましたが、彼女は「毎日調子が良くて天国虹」と言ってました。

写真はインドの子供とアウランガバードで逢ったシーク教徒のお宅。日本人の女の子は逢った旅行者。(私ではありません)別に彼女が便秘と言うわけではありません。念のため合格。インドの食卓はいつでもどこでもカレーです。

 インド・カルカッタ  シーク教徒の家

残念ながらインドのトイレの写真など一枚もなく、食べ物ラーメンの写真も他には特にありませんでした。今なら写真は食べ物ラーメン中心に撮ってくるかもなあ・・・。

それと左手でお尻の処理をしてるので、左手は不浄の手。インド人が器用に手を使ってカレーを食べるときは、必ず右手で食べてます。だから握手も右手でするのが正解です。インド旅行して下痢してもそれが普通です。心配しなくて大丈夫。日本に来て長く日本にいるインド人だって、インドに戻ると下痢するというのだから(本当の話です)。


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インドの”No problem.” [旅の思い出・インド編]

インド旅行した人ならわかってくれると思います。

今では私なんかは笑ってしまいますけど。でも当時はこの”No problem.”という言葉を聴くだけでムカムカしてました。インドで一番聞きたくないのがこの”No problem.”。インド旅行した誰もがこの”No problem.”にどれほど怒りを爆発させたことでしょう。中国の”没有(メイヨウ)”同様、インドでの怒り爆発の言葉は”No problem.”です

”No problem.”って「問題ないよ」「大丈夫だよ」「OKだよ」という意味。誰もが気軽に使ってる言葉。私が友達に本を貸し、その友達が「今週返すって言ったけどまだ読めてないんだ」と言ったとき、私はすかさず”No problem."って言ってあげる。これが少なくとも日本の”No problem."の使い方。

でもインドでは違うんですね。私が友達に本を催促する。「今週返してくれるって言ったじゃない。早く本を返してよ」すると友達はこう答える。”No problem."・・・・「え、何?」怒りがこみ上げてくると言うわけ。これがインドの使い方の基本です。これじゃあ誰でも怒り出しますね。

インドの旅行会社を使ってインドのヴァラナシーからネパールのカトマンドゥーまで行くバスを予約して、乗っていった時のこと。バス会社の謳い文句は「デラックスバスでの国境越え」だったのです。旅行者は誰でも、いいバスでゆったり行けると思った。ところがインド・ネパールの国境に来るとインド側でそれまで乗っていたそれなりにデラックスだったバスは、翌日ネパール側でネパールのおんぼろバスに乗り変える羽目になり、一斉に旅行者が説明を求めるとバス会社のインド人はこう言ってのけるのです。"No problem"

それにはさすがに誰もが切れた。特に西洋人はすごい、怒り方。「デラックスバスで契約してるだろう」「何故だ」「そんなの詐欺だ」「金返せ」「デラックスバスを用意しない限り絶対ここを動かない」「何が”No problem"だ」ものすごい剣幕です。でも日本人は諦めが早いと言うか、インド人のこの手のやり方にもう慣れてると言うか、「怒っても仕方ない、ここはインドだもん」という態度です。

私も最初は西洋人と一緒になって怒りまくりました。納得できない。もうプリプリ。絶対バスに乗らないとボイコット。しかしそこにいるネパーリが日本人の私のところに来て耳元でこう囁くのです。

「ジャパニ。よく聴いて。バスはこの一本しか今日はない。乗っていくしかないんだよ。乗っていかないとカトマンドゥには行けないんだ。明日まで待っても同じこと。だって同じバスだもん。ジャパニは友達だから、僕の話を聞いて是非乗っていってほしい」

 時間ばかりが過ぎていきます。何度も何度もネパーリが私のところに来てこう言っていきます。何故かネパーリは西洋人のところには行かないんですよね。もう私も仕方ないか、さっさとカトマンドゥに行ったほうが賢いか・・・と諦め、バスに乗り込みました。他の西洋人はまだ怒って「あなた、乗っちゃダメよ」と私のところにやってきて叫びます。でも結局は根負けして皆がバスに乗り込み出発となるのです。

 

またアグラからヴァラナシーまで列車で移動しようと、初めて一等を予約したときのこと。当日その予約がコンピュータで取れていないと言われ、一等の列車に乗せてもらえず仕方なく二等列車に乗り込んだのですが、二等の席なしは悲惨なもので、もう人・人・人・人・人でギュウギュウ詰めもいいところ。勿論人の目もついてきます。目・目・目・目・目です。とにかく見まくられる。また日本なら皆きれいな服着てるからなんてことなくても、インドでは何日も洗ってない服着てるのが普通なので、ギュウギュウ詰めにはニオイがこたえるんですよね。これではとてもじゃないけど乗っていけないと思い、何度も何度も一等列車に乗せてもらおうと駅に着くと二等から一等へ走ります。ダッーシュ。でもどんなに説明しても一向にらちがあきません。

その時私と同じような目にあっていたアメリカ人のカップルもいて、一緒になって右往左往しました。そしてこうなったら権限の大きいステーションマスター(駅長)に相談するしかないという話になり、次の駅ではステーションマスターのところに言って相談したのです。するとそのステーションマスターがここでもこう言ってくれました。"No problem"

「"No problem"だよ、君たち。ヴァラナシ行きの列車がすぐに来て君たちはそれに乗っていける。一等に乗せてあげるから」

私たちが喜んだのは言うまでもありません。しかし、です。待てど暮らせどその列車は来ない。列車どころか一台も来ないのです。来なきゃ話にならない。アメリカ人カップルは怒りましたね。もうヒステリックに泣き叫ぶ感じで、ステーションマスターに罵声を浴びせかけ、「もうあんたじゃ話にならない」「列車が来ないなら、もう夜中なんだ(夜中12時を完全にまわってました)この町でホテルを用意しろ」そこにあった椅子やテーブルを投げ、壁にけりを入れてました

「"No problem"なんてくそ食らえ。おまえの"No problem"信じてた俺たちがバカだった

そしてやっと来た列車は急行でもない鈍行の列車。一等なんていうものも勿論ありません。これに乗るしかないのです。これを逃せばまたいつ列車が来るか知れたものではありません。そして来た列車の二等はとても乗れないので、運転席のほうがまだましとばかり、私たち三人は強引に運転席に乗ってやっとヴァラナシーに翌朝到着しました。

その後アメリカ人カップルは疲れも見せずヴァラナシー駅にクレームをつけに行き、私はもう疲れきってすぐ宿にチェックインすることにし、その夜夕飯を一緒に食べる約束をしてカップルとは別れました。

"No problem"

この言葉をインドで聞いたらご用心ですよ。

"No problem"は全然"No problem"ではありません。

むしろインド人に"No problem"と言われたら、”There are so many problems involved.”(「問題あり」「たくさんの問題含んでるからね」)と言われたと思って間違いないです。

インド旅行したことのある人はきっとこの言葉、懐かしく感じてくれるに違いないなあ。そうでしょう?

インドを代表するタージマハールは何度訪れても素敵です。

ハワマハルはロンリープラネットのインドの表紙を飾ってましたが、マカオの聖ポール天主堂のファザードのようで正面だけ立派なのです。でもこのピンクが素敵です。ジャイプールがピンクシティと言われる由縁です。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてインド旅行する人は手始めにデリー、アグラ、ジャイプールの3ヶ所くらいの都市がお勧め。3都市は近いし、観光するにも見るところが詰まってます。写真は全てこの3都市からピックアップしてみました。

ゴーゴー・インド

ゴーゴー・インド

  • 作者: 蔵前 仁一
  • 出版社/メーカー: 凱風社
  • 発売日: 1986/11
  • メディア: 単行本
インドは今日も雨だった

インドは今日も雨だった

  • 作者: 蔵前 仁一
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
蔵前仁一氏の本はおもしろい。旅行人の編集しながら自ら旅に出て、こんなおもしろい本まで出してて、思いっきり共感してしまうことばかり。「旅ときどき沈没」「沈没日記」などもバックパッカーにはよーくわかる話が満載お勧めです。
 
 

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インド初日 [旅の思い出・インド編]

インドを旅行してると、旅人の間でこんな話がよく囁かれてます。
「インドにいくら行きたいと思っていても、インド側からお呼びがかからない限り、私たちは行くことができないんだよね。インドに呼ばれるのも時期も決まっている。インドはそういう国なんだ」
どうやらそういう内容のことを三島由紀夫が言っているとのこと。
私も素直にこの言葉に賛成です。

1991年に元首相であるラジブ・ガンジーの暗殺があったとき、ビザが一時期取れない騒ぎがあったのですが、当時大抵の旅行者はタイに飛んでからインドのビザを手配してました。ところが私はインドのビザだけは日本でしっかり取っていってたのです。その時はタイ・香港・中国・ネパール・インドと回りましたが、タイとインドだけは何故かビザを取り、他は全く取らず現地で取りました。だから何の問題もなくインドに入国できたのです。
当時タイでビザを取ろうとしてた旅行者はタイで足止めになりました。
三島流に言うなら、私はその時インドに呼ばれ、タイで足止めされた人たちはインドに呼ばれなかったわけです。

インドに行ったのは、1990年4月~7月、1991年9月~11月、1995年1月~6月、1999年7月~8月、2000年1月~3月、2000年10月~11月。これまで延べ1年8ヶ月の滞在。

初めての1990年のインドはとにかく強烈。見るもの聞くもの全て新鮮。まさにワクワクドキドキでした。予定してた3ヶ月はあっという間に終わってしまい、旅の終わりには既に次のインド旅行を立ててました。

インドを回ろうと思ったのは、ニュージーランドの旅行にて。
ワーキングホリディビザを取り、多少ニュージーランドで働き、あとは旅行してたのですが、テカポのユースで会った既にあちこち旅行してたカヨさんという日本人女性に会い、そこでインドの話、チベットの話を聞きました。ドミトリーなのに何故か泊り客は私たち二人しかいず、夜遅くまで電気を消してベッドに横になりながらの話。すごく面白かった。今までの体験した事のない世界だと思いました。
それからそのユースにはたまたま椎名誠と「インドでわしも考えた」という単行本が置いてあり、カヨさんが出発してしまった後、テカポの美しい湖畔で、夢中になって読みました。
文章も強烈ながら、その極彩色のインドの写真が強烈で、「ああ、インドに行きたい、今すぐにでも飛んで行きたい」と心が激しく動きました。ニュージーランドは美しく人も親切だったけど、何か物足りなさを感じていて、そんな中インドを見つけて夢中になったのです。ニュージーランドからの帰国を早め、帰国するとすぐにインド旅行を計画しました。実際行く前は、不安半分、行きたくて行きたくて仕方ない気持ち半分。何も4月の暑い時期に行かなくてもいいと迷いながらも旅立ちました。

でも行ってよかった
とにかく面白かった

空港到着。夕方になっても42℃の気温。暑い。インド人のぎらぎらした眼差し   。バスに乗り込むや一斉にインド人の好奇心の餌食となり、こちらが恥ずかしいくらいに見つめられる  。インド人とにらめっこしたら絶対に負けるほど、インド人が見て  来ます。
がたがたのバスに乗って、ニューデリーの駅前でバスを降りると、まず駅前の乞食だか何だかわからない人たちがごろごろ横たわっている。それももう薄暗い中。気をつけないと人を踏みそうなほどにたくさん。その光景が不気味。今まで見たことのない風景。
メインバザールがどちらなのかターバン巻いたシーク教徒のおじさんに聞き、目指す安宿に歩いていくと、今度はいろんなインド人が声を掛けてくる。
「こっちにいい宿あるよ」「安くしておくよ」「ウェルカム・インディア」「ジャパニ、俺について来い」
もううざったいほどの客引き。たくさん私めがけて群がってくる。
その中を牛がのろのろ歩いてるのに出くわし、オートリキシャーが脇をすれすれで走り、リキシャーもブレーキかけずにガンガン飛ばして走ってくる。
ちょっと油断すると道にある牛の糞を平気で踏んでしまう。それも何度も。

そんな中、やっと目当ての安宿につき、チェックインすると、今までの客引きが知らないうちにいなくなる。唯一残った客引きが安宿のおじさんに何か話し、おじさんが「この人からこの宿の事を聞いて来たのか?」と聞くので、「自分で来た。この人は関係ない」と私が言うと、”Good girl"なんてことを宿のおじさんが言う。ずっとついて来た客引きは安宿の紹介料をくすめようと、てぐすね引いていた訳。

何だかとんでもないところに来てしまった。でも面白い世界と思ったインドの初日でした。後にも先にもこんな強烈な一日はもう体験できないでしょう

 インドのおもしろさはまるでおもちゃ箱をひっくり返したような楽しさ。そして極彩色の美しさはピカいち

安宿の部屋から眺められたこの風景は本当面白かった。いつまで見ていても飽きないのです。

 

 

 

 


 

 

ボーッとして歩いているとオートリキシャーやらリキシャー、そして人やら牛に確実にぶつかります。ボーッとして歩いてはいられないのです。

インドでわしも考えた

インドでわしも考えた

  • 作者: 椎名 誠
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 1984/01
  • メディア: -
 
堀田 善衞著の「インドで考えたこと」を意識してネーミングした椎名誠の本は、インドに行ったことのない人にとっては強烈で楽しめます。

 
河童が覗いたインド

河童が覗いたインド

  • 作者: 妹尾 河童
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1991/03
  • メディア: 文庫
 
ホテルの部屋を中心に精密に描かれたこの本は楽しいです。シリーズ化されてます。

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