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天路の旅人 [本]

最近読んでた本です。

天路の旅人

天路の旅人

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/10/27
  • メディア: 単行本

この本は個人的に縁を感じます。というのは「秘境西域八年の潜行」を書いた西川一三を描いているからです。西川一三は戦時中蒙古僧に化けてチベットラサまで行き、ラサのデプン寺で修業した人でした。1990年代に私はあちこちにバッグパッカーで旅行をしていて、特にチベットやチベット文化圏と言われる場所が大好きでした。インドのダラムサラーにいた時に遭った日本人バッグパッカーが言うには「西川一三の「秘境西域八年の潜行」が断然面白い。ダラムサラーの図書館で今借りて読んでるんだけど、チベット好きなら絶対お勧め」と言うのです。私は日本に戻ったら読もうと思って帰国しました。また当時友人の叔母が盛岡に住んでおり、私が帰国するちょっと前に今でもTBSでやっている「世界ふしぎ発見」で西川一三の足跡を描いた番組があったらしく、友人と話してると「一緒に盛岡に行かない?冴えないタバコ屋のおじさんって感じだけど、本当は西川一三が凄い人だと盛岡の街でもわかってちょっとした騒ぎになってる。叔母は街で少しは口利きができる人なので、西川一三に会いたければ会えるよ」と言われたのです。しかし、この誘いはうやむやにしてしまった。今から思うともったいなかったかもしれない。でもその時強烈に思ったのは、私はどこにいようがこの西川一三の存在を知ったのだなあということでした。インドで西川の本を熱心に読む日本人に会って西川のことを聞いたけれど、たとえ日本にいても当時「世界ふしぎ発見」は欠かさず観ていたので番組で知っただろうし、友人から西川の話をこうして聞くことになっていただろうし、と思いました。出会わなければならない人や本や情報やその他何でも、会わなければならないものはきっと出会うようになっているのだなあと思ったのです。

そして「秘境西域八年の潜行」は衝撃でした。日本人として中国の奥地に行くのは許されていない戦中のことなので、西川は蒙古僧侶に化けて中国の奥へ奥へと進みます。標高高かろうが雪の中も雨の中も着の身着のままろくな荷物も持たずに時に野宿しながらラサまで行くのですから。私も当時90年代ラサへの旅は個人旅行できなかったので潜りで入りました。文明の利器を色々持ってお金も十分に持ち普通に宿に泊まりながら旅を続ける。もちろんゴルムドからラサへのバスは日本人がバレないように中国人を装って入ったけど、西川に比べたらこれはほんのおままごと程度でした。それでも私にとっては相当な大冒険だった。でも彼は歩いて歩いて歩いて歩いてほとんんど空身のまま入るわけです。しかも日本人をずっと隠して。日本人であることがバレないようにしながら。モンゴル語を習得し、チベット語を習得してデプン寺で修行僧として生活するということまでやって。凄い日本人がいるなあとその時思ったものです。西川の本を読み終えると川口慧海や木村肥佐夫などの本も読み漁りました。同じようにチベットに行けなかった時代、チベットへと入った日本人が書いた本。それぞれに面白かったけれど、断然「秘境西域八年の潜行」が面白かった記憶があります。

そしてこの沢木耕太郎が書いた「天路の旅人」。沢木は西川に生前会いインタビューを行い、25年の時を経てこの本を世に送り出します。「秘境西域八年の潜行」では知りえなかった西川が辿った道筋が明らかになりました。満鉄で働いて興亜義塾という学校に入りモンゴル語を学び(木村肥佐夫も同じ)、張家口の大使館から「西北シナに潜入しシナ辺境民族と友となり永住せよ」との指令と6千円をもらい旅立つ西川に対し、木村肥佐夫は日本外務省から一年後の帰国命令で1万円をもらい出発。

西川は内蒙古トクミン廟→寧夏省のバロン廟→青海省のタール寺→ツァンダム盆地のシャン→チベットラサへと足を進めます。信頼する蒙古僧と旅を共にし、廟で薪拾いや雑用をしてモンゴル僧として生活したり、駱駝を扱う駝夫として雇われながら移動。匪賊に襲われそうになったり実際襲われたり。タングート人の隊商に加わり移動中に川向うに行ってしまったヤクの群れを、向こう岸まで泳いで渡り川向うからこちらの川へと移動させる偉業をなしてちょっとした英雄になったりもします。でも普通の蒙古人は泳げないので下手なことをして日本人であることがバレることが気がかりでなりません。いつもそういった不安を持ちながら移動してます。内蒙古を出発してラサに着いたのは3年後。デプン寺で修行するのもつかの間、そこからシガツェ(タシルンポ寺)→托鉢しながらインドのカリンポンへ。カルカッタまで足を伸ばして日本の敗戦に関する情報を日本人から聞きたいと思い、ヒマラヤ越えしてインドの煙草を売って資金を貯めます。そしてカリンポンでイギリスのスパイとなった木村に会い、一緒にカム地方に情報収集に行かないかと誘われ同行。チャムド→玉樹→ラサへ。針の交換で宿や食料、燃料を調達。匪賊に襲われお腹を空かせながらギリギリでラサへ→そしてまたカリンポンへ。地図作りを頼まれ、チベット新聞社の職工として雇われたあと、老修道僧に御詠歌を習ってからインドへ。カルカッタ→ブッダガヤ→ラージギル→バラナシ→サルナート→ナーランダー→ルンビニ→祇園精舎へ。3,4人の僧侶と共に無賃乗車で移動。御詠歌を歌い宿や食料を施してもらいながら旅を進めると、ネパール人やインド人のあちこちの家から招待を受け、ヒンドゥ語もしゃべれた西川はチベットや蒙古の話を聞かせてほしいと大人気に。時に日本人であることを見抜かれる危ない場面も。ラクナウ→アグラ→サンカシャ→マトラー(ヒンドゥー聖地)→ブリンダーバン(ヒンドゥー聖地)。財閥タータに並ぶ財閥ビルラの大富豪バルディーオ・ダース・ビルラにビルラ寺で会いもてなしてもらい、その後カシミールへ行こうとするとジョジンダーナガルでパキスタンのスパイかと容疑を掛けられるも誤解とわかり釈放。

パキスタンやアフガニスタンには行けないとわかってその後ネパールのカトマンズへ。知り合いの僧侶たちと再会したり、木村の従者の蒙古人のうわさ話を聞いたり。その後インドで鉄道建設の工事現場で働き、言葉ができるのでまとめ役をしたりしていたが、いきなり「ニシカワだろ?」と言われ刑務所→日本送還という展開。木村が日本船の船長に帰国したい旨お願いしたら断られ「インドは親日家だから悪いようにはされない」と言われ、木村自らインドの警察に飛び込み、西川のことも話した結果が西川も巻き添えを喰らっての日本への強制送還となったよう。西川は旅を続けたかったのにいきなり旅は終了となった。帰国し里帰りしGHQに呼ばれ上京。GHQに中国奥地~内蒙古からチベットの聞き取り調査が行われ、その後3年間かけて「秘境西域八年の潜行」を執筆。しかしなかなか出版には行きつかない。そのうち一足先に木村の本が出版され、その後やっと西川の本も出版。しかし長い原稿はバッサリと削られ、西川は戻された原稿にチェックをしないままでしかも木村の本も読んでいないため「秘境西域八年の潜行」は誤字脱字や思い違いなどたくさんの間違いがあると沢木は指摘している。西川は結婚し、子供が生まれ、盛岡で美容院関連の仕事を行いながら、時にメディアの特番で出演を頼まれてもそれを断わり365日自分の仕事を淡々とこなしているように描かれています。

本の最後のほうで、ブッダガヤの菩提樹の下にいたスーラー(盲目の芸人)が股に太鼓を挟んで太鼓を鳴らして歌っている話が出てきます。西川が見たスーラーは30歳から40歳くらい、沢木が見たスーラーは西川が訪れた30年後なので老人のスーラーだったと話していて「同じスーラーだったかもしれない」というのが興味深かった。私が行ったときはスーラーは見なかったけれど、その代わりタイから来た旅行者が菩提樹の下で瞑想していた。その日仏陀の誕生日でお祭りだった。瞑想してる彼の姿を見てほとんど一目惚れだった。彼の瞑想が長いので話しかけるのを諦めその日は宿に戻った。翌日インドネシアの一家とシンガポール人とナーランダーに車で行ったらナーランダーから戻れなくなっている彼に会い、彼も車で一緒に戻った。ペチャクチャしゃべって住所交換して別れ、その後タイに寄れば必ず彼に会いに行った。彼の親戚の家にも泊まらせてもらったりもした。医者で優秀な人だったので日本に留学し日本に1年滞在してたこともあった。しかし彼はいずれ僧侶になる人だったので、彼との結婚は夢に終わった。ブッダガヤは私にとってそんな切ない思い出の場所でもあります。

西川の旅と比較すると私のバッグパッカーの旅は全く比較にならないけれど、観たことのないものを観て知らなかったことを知って、ワクワクドキドキが止まらないその旅自体の醍醐味をこの本を読みながらまた思い出しました。

現地の人の優しさに触れ、時には誰かと時には一人でコマを進め、あれほど簡単に旅立てると思っていた旅もそうそう出かけられないことにいつしか気づき、あの旅行がまるで夢の中のことのように思える時もあり、もう決して同じ旅はできないだろうなあと思います。それでもこういう本を読むとまたムクムクと旅に出かけたくなる。沢木耕太郎が西川のことを書いてくれてこの本を出してくれて本当に良かった。読んでる間自分も一緒に旅をし冒険をしてるような気分になり、夢のような時間が流れました。馴染みの場所~内蒙古のフフホト、タール寺、ラサのデプン寺、シガツェのタシルンポ寺、カルカッタ、ブッダガヤ、バラナシ、ナーランダーのそれぞれの思い出に浸り、いい時間を過ごせました。

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naonao

>nice!をいただき、皆様ありがとうございます。
by naonao (2023-09-02 17:38) 

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