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書くことの不純 [本]

最近読んでた本です。

書くことの不純 (単行本)

書くことの不純 (単行本)

  • 作者: 角幡 唯介
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2024/01/22
  • メディア: 単行本

角幡唯介の本。探検する人は普通書くことを前提にしていないけれど、書くことが職業となった自分は、書き手の自分が探検する自分に探検中にちょっかいを出してきて、探検の中でこうしたほうがもっと面白いものになるのはないかと考え始める。書くことが探検する行為にとって不純だ、と言っている。

沢木耕太郎の「深夜特急」のことを角幡が沢木と対談した時質問したらしい。沢木は作品にする意図はなく日記もつけていず後からメモを頼りに書いたと言っていたが、角幡は作家である以上いつか書けるかもという意識が全く働かなかったはずがないと言う。夢枕莫の「神々の山嶺」の例を出し本当にやりたい登山をする羽生=内在的行為に生きる羽生と、世間的な目を気にして生きる深町=関係的に生きる深町を引き合いに出す。また芸術的な冒険ということでクルティカの名前を挙げている。到達を優先させる旅なのか、狩りや釣りを通じ大地そのものと結びつく旅なのか。角幡も後者を自らの旅に選んでいる。

三島由紀夫の「金閣寺」にも触れ「はみ出し理論」を展開。本筋系の登山家はエベレストや7大陸最高峰みたいなものに飛びつく登山家を胡散臭いと感じていて、それは山に対する不純さにあると言う。ただ純粋さを目指す登山は内なる衝動から発していて外の体系から次第にずれはみだす宿命を背負っている。金閣寺を焼いた溝口は自死するつもりだったのにそれを変更して生きることに決めたが、そのラストが小説からはみ出していると。三島の生き方にも触れ、肉体改造が「言葉ではその何かに絶対に届かない」=「実在の精髄」でこれは「死の余白」「自分の山」と同じで、どんなに山を極めてもその一歩手前までしかたどり着けず、たどり着くことができるのは遭難死したときだ、と角幡が言う。また開高健がベトナム戦争に加わった後釣り三昧に転じたが、角幡も狩りや釣りを自らすることで見えてきたものが違うという。登山者よりはるかに土地と一体化するということで、開高はわかっていたが三島はそれを言葉の上でしかわかっていなかったような気がするという。

猪瀬直樹の本に「奔馬ー豊饒の海第2巻」で飯沼に宇気比という占いの秘儀をさせなかったのは、三島の自死もスケジュールを練って実行させていたはずと指摘しており、三島の神輿論や肉体透明論も言葉の上での理解しかなかったのではと角幡は思う。行為するには必ず相手がありそこからの反応があり、こんなところに来るつもりはなかったのに…と、それこそが経験でそれが不足していたのではと言う。「何者かになったあとに何者でもなかった10代に戻るというのは理解しがたい」と。三島の死の直前に古林尚がインタビューしており、「30代、40代になってから無条件に10代の思想を信奉することは不自然で、その無理な姿勢が三島美学が観念の世界にのみ浮遊する。リアリズムと離れて情念にのみ固執せざるを得ない。現実乖離の傾向が(自死の)大きな要因」だとする。三島は夭折者の美に憧れたが、実際には既に45歳にもなっていた。2020年に三島の死後50年を記念し様々な企画が催され「もし三島が自死せず天寿を全うしノーベル文学賞でも獲っても50年後に果たしてこれほどの注目を浴びるだろうか?」と角幡は言う。

記者の「あなたの冒険は社会の役に立っていますか?」の質問からこの本が生まれたみたい。こうして多くの人に本を読まれているのだからもちろん役立っているよ、と私は言いたい。社会のためになることをしようという気持ちは立派だけれど、自分が何をしたいのか、自分の中から湧き上がってくるその気持ちからする何かは結果として人に影響を及ぼしている。その方が純粋でいい。その方がその人を生き生きと生きることに繋がる。生き生きと生きる人が多い社会であればその方が断然いい。私も海外ばかり行ってた時期に「何でそんなに旅行ばかりするのか?」とちょっと非難めいた感じで言われることが何回かあった。その質問は「なぜあなたは生きてるのですか?」と同じ質問だなあと思ったのを思い出す。海外を回っていれば「あなた一人で回ってて凄いわね」「旅は学びで素晴らしいもの」と旅することが絶賛されるのに。角幡は「…自分の思いが誰かに伝わり面白いねと言ってもらえたらこの反応に救われる。…人生が間違っていたなかったこと、正当であると認められてることの証になるからだ」と書いているが、自分の人生は間違っていなかったと感じることが私もつい最近あった。藤井風の「満ちていく」を聴き、その歌詞に涙し自分の人生を振り返る機会になりそれでそう思えた。「grace」を聴いた時も私が旅で学んだことをこの歌詞の中に見出し涙した。言葉の上のことだけでない経験による実感みたいなものが自分の中に確実にあるから。自分が本当にやりたいことをやっている人は皆誰もが素晴らしい。私は三島の「豊饒の海」が好きだし、沢木の「深夜特急」も好きだし、角幡の本のどれもが好き。角幡がチベットの冒険をした時点で縁を感じてたけど、三島や沢木を取り上げるとますます縁を感じる。

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naonao

>nice!をいただき、皆様ありがとうございます。
by naonao (2024-04-06 09:10) 

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