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蕎麦屋の嫁さん [観劇・踊り・イベント・ライブ]

中野・ザ・ポケットにて、池田塾の「蕎麦屋の嫁さん」を見てきました。

コメディータッチの軽い劇かと思いきや心にジーンとくるシーンもあり、心に残る名セリフもあってちょっと涙もほろり。私好みの演劇でした。

かつての教師が年の離れた教え子と結婚し、蕎麦屋を始めるのですが、その結婚に大反対の教師の子供たち。財産目当ての結婚かと思うところからドラマがスタートします。教師と結婚した教え子は家族を養うためこれまで家族の誰も知らない職に就き、その兄は工場を乗っ取られアルバイト暮らしをし、弟はデート商法にひっかかり信用金庫から8000万円もの金をつぎ込み職を離れ、教師の長男は今流行のニートで、その奥さんは鬼嫁と、世相を反映した設定となってるのが面白かったです。

定年をあと二年と言うところまで来て、いきなり教師の職を投げ蕎麦屋を始めてしまった主人公が、その職を捨ててしまった理由を白状します。それは教え子の自殺でした。それを皆に言ったときのセリフがよかった。正確でないけど、こんなことを言ってた。

「僕は、この人生で頑張らなくてもいい、ただそこに存在して、日々を泣いて笑って怒って楽しんで欲しかったと、あの子にわかってもらえなかった。そのことが本当に悔しかった。人はただそこにいるだけでいい。テストでいい成績を残さなくても、人にいいことを出来なくても、何も出来なくても、ただただ生きていてさえいてくれればいい、ということを何故あの子に理解してもらえなかったのか、そのことだけが悔しい」

人生に行き詰ったときには、何もせず、ただ流れのままに身を任せるがいい。苦しいなら、その重荷を背中から、軽くなったと思えるところまで降ろし、楽になったらいいのです。それは旅行中タイの寺で瞑想してた時によく言われた言葉でした。所詮生まれたときも何も持たずに生まれ、死ぬときも何も持たずに死んでいくのだから、単に重荷を苦しくないと思うところまで降ろしたって平気じゃない重荷を背負ったまま自殺するなんて馬鹿げてる。世界は広く、自分が生き生きできる世界がきっとあるのに。また時が解決してくれることもたくさんあります。世界はいつまでも同じままではないし、絶えず流れ変わっていくから。

中学生が自殺をし、大人も自殺をし、この日本って、何故と思う。

Life is a Challenge. Meet it.

Life is a Love. Share it.

Life is a Dream. Realize it.

Life is a Game. Play it.

(人生は挑戦。出合ってごらん。人生は愛。シェアしてごらん。人生は夢。叶えてごらん。人生はゲーム。プレーしてごらん)

インドの聖人サイババの言葉。人生なんて楽しんでゲームするくらいの感覚で生きたらもっと楽しい

東京新聞の社会面に「生きるって」という特集で11月19日は千葉県成田市郊外の長寿寺住職篠原鋭一さんの話が載ってました。自殺志願者の駆け込み寺をしている住職。「私は三度死ぬはずだった。そして世界には生きたいのに生きられない命がたくさんある。『私なんてこの世にいない方がいい』と思ってる人は、こういう風に納得して欲しい。あなたはただ、いるだけでいい。いるだけで家族はうれしい。そして時間の力を信じましょう。不幸も幸福も永遠には続かない」

蕎麦屋の嫁さんの劇で言われてたこと、そして私が今まで学んだこと、考えたことを、住職は端的な言葉でまとめていられます。

この新聞の記事も実は偶然の一致でした。私自身のこのブログ(記事)は18日に既に書き上げていたのですが、先に見た「舞いと踊りの宴(西田舞踊団公演)」の記事を18日に載せたかったので、このブログは下書きに入れたままでした。そして19日にこの記事に出会うのです。

またはるかぜさんhttp://blog.so-net.ne.jp/harukaze0013/がNHKの世界遺産の10分番組で「インドのブッダガヤのマハボディ寺院」を見てチベット人の五体投地のお祈りの仕方を初めて見て、私のブログの記事「チベット」や「前世のはなし」(精神世界)で読んだものが即座にわかり偶然の一致と喜んで、私のブログの「グアテマラのティカル遺跡」(旅の思い出・中南米編)の記事コメントに、その感動を書き入れてくれたのですが、その世界遺産の「インドブッダガヤのマハボディ寺院」は偶然にも私も再放送を見ることになり、私自身も興奮しました。それで、10日から書けずにいたダライラマ法王のブログ(記事)を何とか18日ごろにはまとめたのでそのうちアップしようと思っていたのですが、自分が「インドブッダガヤ」を見た時点で早くアップしたほうがいいと考え(何故なら同じ偶然の一致だったから)、19日にアップとなった訳です。そしてこれまた同じ日にテレビの「スタメン図鑑」でダライラマ法王のインタビューがあり、偶然の一致が重なるとは。何だかすごすぎ、そして不思議。はるかぜさん同様、最近この手の偶然の一致が続いています。偶然の一致万歳なので、嬉しい限りですけど。

 

 


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はるかぜ

サイババの言葉もいいですね。人生はゲームなんだから楽しめばいいんですね。気合入れて歯をくいしばってすごい形相で頑張るよりも・・・ゆるゆるしたリラックスムードで顔晴(がんば)る感じで・・・本当に死にたいという人から相談受けたら自分の人生観が問われますね。生きたくても生きれない人もいる・・・重荷を降ろせばいい!この言葉も心に響きます。なんだか少し楽になります。何でも背負う必要はありませんね。ただいるだけ、存在するだけでいい。なんかホッとしますね。ありがとうございます。
凄すぎますね!偶然の一致!インターネットという空間や時間や距離を越えたものを通して何か大切なメッセージを伝えようとしているのでしょうか?いろいろな最近のキーワードから連想ゲームを楽しんでみます。魂の進化は偶然の一致に気付くことから始まるというのはあの【聖なる予言】にあったような。まずは第一ステップクリアでしょうか?あと8つ!
by はるかぜ (2006-11-20 19:04) 

naonao

私も「聖なる予言」読みましたが、ペルーに冒険に行くところまではかなりワクワクして読んだのですが、それ以降はあまり記憶に残ってないくらいあまりよく覚えてません。もう一度読み直してみようかしら。
私は「いい加減」という言葉が好きで、いい加減=良い加減なのでほどほどで頑張らないのが一番と思ってます。反対に頑張るって大嫌いな言葉に今ではなってしまいました。
ゆるゆる生きたらそれでいいのでは?重たくて苦しいなら荷物はさっさと捨てるが勝ちです。人生楽しむためのもので決して苦しむためのものでない、と私は思ってます。サイババの言うように楽しんで人生ゲームしましょう!!
by naonao (2006-11-20 22:00) 

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