SSブログ

大判三国志⑮蜀皇帝劉備  [本]

「大判三国志⑮蜀皇帝劉備」を読みました。

大判 三国志 15 (希望コミックス)

大判 三国志 15 (希望コミックス)

  • 作者: 横山光輝
  • 出版社/メーカー: 潮出版社
  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: 大型本

横山光輝のマンガ。

関羽が守っていた荊州城が呉軍の呂蒙に落城されてしまう。呂蒙は荊州の人々を安心させるため盗みを働くものは全て斬罪にした。劉備側にいる傅士仁と糜芳だったが、呉を討ちに行くと呉にいる傅士仁の親友の虞翻が傅士仁を呉に投降させ、傅士仁を使って糜芳も投降することとなった。

許都では曹操が関羽を今討つべきと出陣。徐晃と関平が戦い、関平は偃城(えんじょう)を燃やされる。前に呉軍、後ろに魏軍が迫り危機一髪の関羽。関羽は呂蒙に手紙を送り和睦を申し込む。荊州の庶民たちが使者に手紙を渡して兵として行ってしまった家族の安否を図ろうとし、結果兵士は荊州に残った家族が呂蒙の下大切に扱われていることを知ると、関羽の兵の半分が逃げてしまう。前からも後ろからも攻められそうになり関羽は麦城に逃げ取り囲まれる。援軍要請を孟達に願うが断られる。諸葛瑾が関羽の元へやって来て呉に下るよう説得するがそれを関羽は断る。兵は更に脱走し食糧が尽きてきたため関羽自ら援軍を呼ぶために出ていくと落馬し捕らえられ首を刎ねられる。58歳だった。

呂蒙も関羽の死後2か月後に亡くなり関羽の呪いと噂された。孫権は関羽の首を刎ねたことが浅はかであったと戒められ(劉備たちの恨みを買い最後に笑うのは曹操だから)、関羽の首を曹操に届けさせる。曹操は関羽をねんごろに葬祭する。劉備は関羽の死を聞き寝込んでしまう。

曹操は頭痛をめまいに悩まされ、居を変えたらいいと助言され新居を造ることに。躍竜潭の神木を切って梁にしなければならないのに誰も怖くて切らないため曹操は自ら切って「木の祟りは自分に降りかかるように」と大声を出した。その後すぐ具合が悪くなったので神木の祟りだと噂になった。名医華佗に診てもらうと頭を開かないと治せないと言われ、しかも関羽が平気な顔で肉も骨も削って治った話をしたため関羽と親しいと思い、華佗を投獄。投獄中に牢番の呉押獄が食事を運び華佗の世話をしていると、華佗が書いた秘伝の治療書「青嚢の書」をこの呉押獄に譲るという話になり、華佗は家人に持っていけばその「青嚢の書」を渡してもらえると言って手紙を書き呉押獄に渡してくれたが、呉押獄の妻が自分の夫が華佗と同じように獄中で死ぬのは嫌だと言って手紙を燃やしてしまった。そのためこの書が世に伝わることはなかった。

曹操のところに呉の使者が来て孫権が臣になるとの手紙が届く。曹操は早速恩賞を贈ることに。曹操は具合悪く幻想を見て苦しみ、亡くなる前に世継ぎは曹丕と決め亡くなった。曹丕が新魏王となると次男の曹彰は兵を率いてやって来るも兵を渡して去ってしまう。三男曹植は文才があるため七歩歩む間に詩を読ませ上手く読めなかったら死刑に値することにした。しかし上手く読めたためそのまま王宮から去らせた。四男曹熊は体が弱く喪にも祝辞にも出席できないことを咎められ自殺した。

劉備は関羽に援軍を送らなかった劉封と孟達を罰せねば示しがつかないと考えていた。彭義が孟達に書いた手紙を馬超が手にしたため馬超が彭義に探りを入れると謀反であった。馬超はすぐさま劉備に報告し彭義は処刑される。孟達も身の危険を感じ曹丕に投降するが、襄陽の劉封の首を捕ってこいと曹丕に命令される。

劉備は関羽の仇討ちのために呉を攻めたいと言うが趙雲は私情を挟まずまずは公のために動いてほしいと進言する。閬中にいた張飛は酒浸りの日々を送りある日成都の劉備に会いに来た。お互い関羽の仇を討ちたいと言うことで一致。諸葛亮の反対も振り切り二人は出兵する。張飛の部下の范彊と張達に3日で武具や旗などの調達を命令するも無理だと言うと張飛はむち打ちし調達できねば首が飛ぶと言い脅した。部下たちはどうせ首が飛ぶならばと張飛が寝ているところを襲い、張飛は帰らぬ人となった。張飛の首を持って范彊と張達は呉へ行く。

劉備は張飛暗殺の知らせを聞き涙する。張飛の息子張苞、関羽の息子関興が駆けつけ、関羽の弔い合戦と意気が上がり連戦連勝していく。黄忠が若い者には負けぬと言って敵陣に乗り込んだが、矢を浴び亡くなってしまう。

関羽が亡くなり曹操が亡くなり張飛が亡くなり。そして世代交代。時の流れを感じます。ちょっと悲しい。そして華佗が残した「青嚢の書」が後世に残らなかったことが悔やまれます。

nice!(14)  コメント(1) 
共通テーマ:映画